大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所 昭和26年(行)6号 判決

原告 本間歓司

被告 千葉県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が原告に対し千葉県館山市(元安房郡西岬村)浜田字大坪四六四番田一反七畝一六歩及び同所四八一番田二畝二三歩につき自作農創設特別措置法により昭和二五年一二月二日付の買収令書を以てなした買収処分はこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、

一、請求の趣旨掲記の土地(以下「本件土地」という。)は、何れも原告の所有に属していたところ、当時の千葉県安房郡西岬村農地委員会(以下「村委員会」という。)は、訴外竜崎たつ及び同網代孝の請求に基き、右本件土地を自作農創設特別措置法(以下「自創法」という。)第六条の二に該当する農地と認めてその買収計画を樹立し、昭和二四年六月七日付の通知書を以てその旨を原告に通知してきた。そこで原告はそれに対して同月一四日異議の申立をしたがその後何等の通知もなかつたので催促したところ、同年一一月三〇日右村委員会は原告に対し「同委員会は同年六月二二日に委員会を開催して会議した結果、異議申立を却下する旨決定し、その決定書はすでに同年六月二二日に原告に送付ずみである」旨の回答書をよこした。ここにおいて原告は同年一二月一八日に千葉県農地委員会(以下「県委員会」という。)に対し訴願をしたところ、右県委員会は翌二五年九月五日付で「西岬村委員会は昭和二四年六月二二日の議決を違法と認めて取り消したので、訴願の目的物は存在しないから右訴願を棄却する」旨の裁決をなし、同月七日に右裁決書を原告に送達してきた。しかしその後昭和二五年一一月六日村委員会から原告に対し「買収期日の変更について」と題する書面を以て、「貴殿の農地西岬村浜田大坪四六四田一反七畝一六歩及び四八一田二畝二三歩の買収期日「昭和二四年七月二日」を「昭和二五年一二月二日」に変更することに決したので通知します」という通知が送達された。そこで原告は同年一一月一四日これに対して異議を申立てたが、右村委員会において異議申立棄却と決定されたので、同月二八日県委員会に対し訴願をなし、「(一)昭和二四年七月二日の本件土地に対する買収及び売渡は無効である。(二)本件土地の買収期日を昭和二五年一二月二日と変更した西岬村農地委員会の決定を取り消す」との裁決を求めたところ、同年一二月二日県委員会は「(一)訴願人の請求第一項を却下する。(二)訴願人の請求第二項を棄却する」との裁決をなしたうえ同月一八日原告に対して右裁決書を送達してきた。そしてその理由とするところは「(一)(イ)村委員会が原告の昭和二四年六月一四日申立てた異議に対し昭和二五年一月一六日なした決定の決定書は、同日原告に送付されている。(ロ)したがつて本件土地の買収計画に対する訴願は右送付の日から起算して法定期間内に提起さるべきところ、本件訴願第一項は右期間を徒過した昭和二五年一一月二八日に提起されたものであるから適法の訴願として受理しえない。(二)訴願第二項は、訴願期間については適法であるが、本件買収計画における買収期日を昭和二四年七月二日から昭和二五年一二月二日に変更したのは単に買収期日のみを変更したにとどまる。被買収人は右買収期日の変更について利益を受けることはあつても利益を侵害されることはない。したがつて訴願第二項は理由がない」というにある。そして被告から原告に対し、昭和二五年一二月二日付の本件土地に対する買収令書が昭和二六年二月二日送達された(この令書による買収処分を以下「本件買収処分」という。」)。

二、しかしながら右本件買収処分は、次の理由により取り消さるべきである。

(一)  まず本件買収処分は前記のように自創法第六条の二によつてなされたものであるところ、本件土地は昭和二〇年一一月二三日現在においてもその後においても、小作地ではなくて原告の自作地であつた。すなわち、本件土地中大坪四六四番の田(以下「本件第一の土地」という。)は終戦前から訴外竜崎たつに賃貸して小作させていたが、昭和二〇年一月に原告と右竜崎との間に右賃貸借契約を合意解除し、又大坪四八一番の田(以下「本件第二の土地」という。)は同じく終戦前から訴外網代孝に賃貸して小作させていたが、これも昭和二〇年一月に原告と右網代との間に右賃貸借契約を合意解除し、何れも原告がこれを自作してきたものである(なお、農地調整法第九条は昭和二二年一二月二六日法律第二四〇号によつて改正されたものであるから、この改正前のものたる右各合意解除は有効である。)。したがつて本件買収処分は自創法第六条の二にいう「昭和二〇年一一月二三日現在において小作地であつたこと」の要件を欠いて違法である。

(二)  自創法第六条第二項によれば、買収の時期の決定は買収計画の重要な一要素であるから、村委員会が前記日時に至り首肯し得る理由もないのに買収の時期を突如として変更したのは違法というべく仮りに変更自体は違法でないとしてもその変更は買収計画自体の変更、すなわち新たな買収計画の樹立と解すべきである。したがつて前記のように昭和二五年一一月二八日県委員会に対してなした訴願は、同月六日の通知を以てなされた新買収計画に対する異議却下決定に対する訴願として適法なものであつたに拘らず、県委員会が旧買収計画に対する異議申立の棄却決定の送付日たる同年一月一六日から起算して法定期間を経過しているから不適法なものとして右訴願を却下したのは違法であり、したがつて右違法な県委員会の却下決定を前提としてなされた本件買収処分は違法である。

(三)  又、本件村委員会は、先に昭和二二年一一月四日原告所有の農地について買収計画を樹立し、被告は同年一二月二日付の買収令書を以ていわゆる超過買収をしているが、そのときの村委員会の査定によれば原告の所有農地が一町二反七畝六歩、うち荒廃地が九畝八歩、小作契約の締結されてある農地が七反八畝二五歩)そのうち原告の保有を認められる農地が六反)、したがつて超過部分として買収されるべき小作地が一反八畝二五歩となつて結局右一反八畝二五歩のみが買収されたのである。したがつて右買収部分を除く部分は全て原告の自作地として認められたことになるところ、その後において更に本件買収処分をなすのは矛盾である。したがつて本件処分はこの点からしても違法である。

と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

請求原因一、の事実中、昭和二四年一一月三〇日村委員会が原告に対し「すでに原告の異議申立を却下してその決定書を原告に送付した」旨の回答書を送つたこと及び本件買収令書の原告に送達されたのが昭和二六年二月二日であることを除き、その余の事実は全て認める。昭和二四年六月七日付の通知に係る買収計画に対する原告の異議申立に対しては、同年六月二二日村委員会において棄却の決定がなされ、翌二三日その決定書の謄本を原告に交付したところ、それに対しては原告からの訴願がなかつた。又本件買収令書が原告に交付されたのは昭和二六年二月一日である。

請求原因二、の事実のうち、(一)の事実については、原告が、本件第一の土地を昭和一一、二年頃から訴外竜崎たつに賃貸して小作させていたこと及び本件第二の土地を昭和二〇年頃から訴外網代孝に賃貸して小作させていたことは認めるが、その余の事実は否認する。本件第一の土地については昭和二三年春原告が県知事の許可を受けないで右竜崎から取り上げ、又本件第二の土地については昭和二二年四月頃原告が同じく県知事の許可を受けないで右網代から取り上げたものである(なお、右取上の時期は何れも農地調整法第九条の改正後であるから、右取上は無効である。)。

同(二)として述べられてある原告の法律的見解については争う。当初本件買収期日として定められた昭和二四年七月二日は原告主張のような異議、訴願乃至はそれに伴う村委員会の異議棄却の決定の取消等のため徒過してしまつたので、昭和二五年一〇月三〇日村委員会においてこれを「昭和二五年一二月二日」と変更したのである。しかして買収の時期はもちろん買収計画樹立の際定められるべきであるが、この買収時期は政府が所有権を取得する時期として定められるものにすぎないのであつて、一旦定めた買収時期を変更したからと言つて買収計画の同一性を失うものではない。けだしそのように解さなければ異議や訴願等によつて買収は不能の結果を招くことにもなるからである。したがつてこれと同旨に出た県委員会の決定は適法である。

同(三)の事実については、村委員会が本件土地以外の原告所有の農地についてかつて買収計画を樹立し、被告が昭和二二年一二月二日付の買収令書を以ていわゆる超過買収をしたこと、そのときの村委員会の査定によれば原告の所有農地が一町二反七畝六歩、そのうち小作地として原告の保有を認められる農地が六反、買収されるべき小作地が一反八畝二五歩となつて、結局右一反八畝二五歩が買収されたことは認めるが、その余の事実は争う。すなわち右査定によれば右一町二反七畝六歩のうち現況非農地は六畝一〇歩、小作契約の締結されてある農地が七反九畝一歩、原告の自作地が四反一畝二五歩であつた。しかして右買収の後、訴外竜崎たつ等からの遡及買収の請求があつて調査したところ、昭和二〇年一一月二三日の基準日当時における原告の自作地は畑四畝二歩のみで、本件農地を含む他の農地は右基準日以後に原告が取り上げたものであることが判明した。そうだとすると本件農地は基準日当時においてはなおその保有面積を超過する小作地ということになり、しかもその取上は前記のように適法・正当なものではなかつたので、改めて本件買収処分をなしたものである。したがつて本件処分に違法はない。

と述べた。(立証省略)

理由

一、本件土地が何れも原告の所有に属していたこと、千葉県安房郡西岬村農地委員会が訴外竜崎たつ及び同網代孝の請求に基き、右土地を自創法第六条の二に該当する農地と認めてその買収計画を樹立し、昭和二四年六月七日付の通知書を以てその旨原告に通知したこと、そこで原告はそれに対して異議申立をし、それに対する村委員会の決定に対し更に同年一二月一八日に千葉県農地委員会に訴願をしたところ、県委員会は翌二五年九月五日付で「西岬村農地委員会は昭和二四年六月二二日の議決を違法と認めて取り消したので訴願の目的物は存在しないから右訴願を棄却する」旨の裁決をなし、同月七日に右裁決書が原告に送達されたこと、しかしてその後同年一一月六日村委員会から原告に対し「買収期日の変更について」と題する書面を以て「貴殿の農地西岬村浜田大坪四六四田一反七畝一六歩及び四八一田二畝二三歩の買収時期「昭和二四年七月二日」を「昭和二五年一二月二日」に変更することに決したので通知する」旨の通知書が送達されたこと、そこで原告は同年一一月一四日これに対して異議を申し立てたが右村委員会において異議申立棄却と決定されたので、同月二八日県委員会に対し訴願をなし「(一)昭和二四年七月二日の本件土地に対する買収及び売渡は無効である。(二)本件土地の買収期日を昭和二五年一二月二日と変更した西岬村農地委員会の決定を取り消す」との裁決を求めたところ、同年一二月二日県委員会は「(一)訴願人の請求第一項を却下する。(二)訴願人の請求第二項を棄却する」との裁決をなし同月一八日右裁決書が原告に送達されたこと、そしてその理由とするところが、原告主張のとおりであること、そして被告は原告に対し昭和二五年一二月二日付の本件土地に対する買収令書を発行し、右令書が昭和二六年二月一、二日頃に原告に送達されたことは当事者間に争がない。

二、ところで被告は、本件土地は昭和二〇年一一月二三日現在において小作地であつた旨主張するので考えてみる。

まず本件第一の土地について考えてみるに、原告が本件第一の土地をかつて訴外竜崎たつに賃貸して小作させていたことは当事者間に争がなく、この事実に成立に争のない甲第九号証、第一八号証(但し、以上の甲号各証中、後記措信しない部分を除く。)、乙第三号証、乙第九乃至第一二号証、当裁判所が真正に成立したものと認める乙第一四乃至第一六号証を綜合すれば、本件第一の土地は原告がその所有権を取得した昭和一〇年頃から訴外竜崎たつの父島吉乃至たつに賃貸して小作させてきたものであるが、昭和二〇年五月頃当時の食糧難から原告としてはこれを右竜崎方から取り上げて自作しようと考えたことがあつたこと、しかし当時原告が西岬村長の職にあつたことや空襲がはげしかつたこと等のためにそれも実現するに至らないまま終戦を迎え、結局昭和二二年度頃までは従前どおり前記たつが小作を続けてきたこと、を認めることができる。尤も、前掲甲第一八号証及び乙第一一号証によつて原本の存在及びその成立を認めうる甲第二三号証(控訴人本間歓司被控訴人竜崎たつ間当裁判所昭和二七年(レ)第二三号農地引渡控訴事件の乙第二号証の写)によれば、昭和二二年四月一日頃作成した原告及び前記たつ間の小作契約書には本件第一の土地が、その対象として記載されていないが、前掲乙第一一号証第一二号証に依れば当時村農地委員会から各小作地につき契約書を作成提出するよう求められて小作契約書を作成することとなつたが原告は本件第一の土地については自作したい意思があつて右契約書中に入れることを肯んぜず、たつは不満であつたが農地委員会から速かに提出することを求められるままに右契約書に押印したのであることを認め得るから甲第二三号証は右認定の妨げとなすに足りず、前掲甲第九、第一八号証及び成立に争のない甲第一二、第一四号証中右認定にそわない部分はこれを措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

次に本件第二の土地について考えてみるに、原告が本件第二の土地をかつて訴外網代孝に賃貸して小作させていたことは当事者間に争がなく、この事実に前掲乙第三号証、第一〇号証、成立に争のない甲第一〇、第一三、第一六号証(但し以上の甲号各証中後記措信しない部分を除く)を綜合すれば、本件第二の土地は原告がかつて訴外池田金蔵に賃貸して小作させていたものであるが、終戦一寸前右池田は原告に一旦右土地を返し、原告はその後まもなくこれを訴外網代孝に賃貸して小作させ、網代はこれを昭和二〇年度、二一年度の二年間耕作してきたこと、そして小作人が右のように池田から網代に移つたその中においても原告は別段右土地を自作しなかつたことが認められる。そして前掲甲第一三、第一八号証によつて原本の存在及び成立を認めうる甲第二七号証の一(前記事件乙第九号証の一の小作契約書の写)の記載文言も右認定を左右するものではなく前掲甲第九、第一〇、第一三、第一四、第一八号証中右認定にそわない部分はこれを措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そうだとすると、本件各土地は昭和二〇年一一月二三日現在においては何れも小作地であつたものと言うべく、しかして本件においては遡及買収を相当でないとすべき特別の事情は認め得ないから本件買収処分はこの点については違法でないといわなければならない。

三、次に原告は、本件手続において買収の時期を変更したのは違法である旨主張するので考えるのに買収計画における買収の時期はたしかにその重要な要素ではあるが、買収計画に対する不服申立の関係からこれを変更する必要が生ずるし、変更したために関係者に損害を与えるものではないから、買収計画の同一性を失わせずに買収の時期のみを変更し得るものと解すべく更に原告は買収時期を変更したのは新たな買収計画が樹立されたものと認めるべきであるから訴願期間を徒過したものとして原告の訴願を却下した県委員会の決定は違法でありこれを前提としてなされた本件買収処分は違法である旨主張するが、右は県委員会の決定の違法を主張する理由とはなつても昭和二五年一二月二日付の買収処分そのものの違法を主張する理由とはなりえないのと解すべきであるから、右主張もこれを採用することができない。

四、次に原告は、昭和二二年一一月四日における村委員会の決定と本件買収処分との間に矛盾があるから違法である旨主張するので考えてみる。村委員会がかつて本件土地以外の原告所有の農地について買収計画を樹立し、被告が昭和二二年一二月二日付の買収令書を以て自創法第三条第一項第二号のいわゆる超過買収をしたこと、そのときの村委員会の査定によれば原告の所有農地が一町二反七畝六歩、そのうち小作地として原告の保有を認められる農地が六反、買収されるべき小作地が一反八畝二五歩であつて、結局右一反八畝二五歩が買収されたことは当事者間に争がない。その他の非農地、小作地、自作地の内訳については証拠上明白ではないが、何れにせよ前掲乙第三、第九号証によれば、右買収の後訴外竜崎たつ等からの遡及買収の請求があつて調査したところ、右超過買収の際原告の保有を認められた農地には昭和二〇年一一月二三日の基準日以後において原告が取り上げた小作地が相当含まれていることが判明したため、改めて本件のいわゆる遡及買収がなされたものであることを認めることができる。このように一旦買収処分がなされても、その後の事情により改めて別途の買収処分をすることは、違法ということはできず、結局この点に関する原告の主張も認めることができない。

五、以上のように、本件買収処分は何れの点よりするも違法ということはできず、したがつてその違法を前提としてその取消を求める本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 内田初太郎 田中恒朗 遠藤誠)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例